COUNTRY YARD Best Album [ Greatest Not Hits ] Release Interview

Interview Vol.03

-- 次の大きな変化が、独立ですよね。STEP UP RECORDSから移籍し、自分たちでArt & Soul Recordsを設立。2016年に2ndシングル『COLORS』をリリースします。

Sit STEP UP RECORDSにいた期間は……6年? 「別に仕事しないで、音楽だけやっていきたい」「かっこいい自分たちとは?」「もうひとつ上を目指したい」とか、いろんな会話をバンドでしていて、次にどうしていこう?ってなった時に、STEP UP RECORDSでやれることって、もうやったよねって、それに、やってきてもらったよねって。年齢も中堅っぽくなってきて、後輩のバンドをツアーにフックアップしたり、RYOSUKEさんがやっていたようなことを、自分たちがバンドに対してはできるようになってきた。だから、まず自分たちの基地を作って、思いっきりやりたいことをやってみない?っていうはじまりだったと思います。だから、STEP UP RECORDSがどうこうじゃなく、俺たちがこれから何やっていきたい?の方が、あの時の俺たちには大事だった。

-- そういう話は、RYOSUKEさんにしたんですか?

Miyamoto いや、俺らも、ざっくりしていたと思いますよ。

Sit バーミヤンで話した時って、その話をしましたっけ?

RYOSUKE バーミヤン……でしか話してないから(笑)。いや、キレイな話じゃないよ、はっきり言って。ドロドロしていたよね。でも、バンドなんて大きくなっていったら、考えも変わるし。そもそもSTEP UP RECORDSって、うちからステップアップしてほしいっていう考えで出しているから、HAWAIIAN6も『FANTASY』出して、PIZZA行って。ジュニモン(Jr.MONSTER)も、うちから出して、TIGER HOLE行って。チェリコもうちから徳間ジャパン行って。ま、ホルだけなんだよ、ずっとうちにいたの。まあエレサマとMEAT BUNSもいるけど(笑)。そういう中で、COUNTRYに対してできることに、俺の限界も感じていたから。その頃、自分はバンドをやらなくなって、ずっとCOUNTRYについていたけど、マネージャーにはなり切れていなかった。志田ちゃん(現マネージャー)みたいにずっと横にいて何かするとか、ステージでシールド巻くとか、それは俺はやりたくなかったし。だから、俺のポジションがよくわからなくなっていたんだよね。今までレーベル業としては、ぽんってCD出して、さあやってきなさい、俺はバンドやってますからって感じだったけど、バンドやんなくなった自分がCOUNTRYにできることって……2年ぐらいは運転して、一緒に寝て、何やってって、一緒に回ったと思うけど、これはCOUNTRYのためになってるのかな?とは思っていて。とは言えマネージャーを入れる資金もないし、どうしよう、じゃあ鈴木に相談しようと。チェリコの時みたいにメジャーからの話もあったからね。でも、その裏で今の(自主レーベルの)話は進んでいて、急に言われたから、え!?何それ、知らねえしってなったよ。まあ、そん時は面白くなかったけど、でも、俺がバンドだったら、上を目指す時にこういう考えはあるなって。ただ、言い方は悪いけど、この4人で整理整頓をできるとは思っていなかった。外からの視点があって成り立つ人たちだと思うから「自主はめっちゃナンセンスだお前ら」とは言った。誰かつけろって。でも、それが俺じゃなきゃダメって言うのじゃない。なぜなら、俺の限界が見えていたから。COUNTRYは大きくなったし、俺も全部、バンドも何もかもやめてCOUNTRYのマネジメントもするわっていう気持ちにもなってなかった……っていうかそもそもそういうレーベルのスタンスだしね。でも、次にどこ行く?っていう時に、いやあその選択は……とは思ったよ。だから、裏では鈴木に頼むわとは言っていたの。俺の説明は聞いてくれないから、お前しかいないと。で、なんとなーく鈴木から(JMSが)マネジメントをやると聞いて、よかったなって。その時は俺たちお互い……。

Sit そうですね。

RYOSUKE 7は言えるけど、残りの3は言い合える仲じゃなかった。

Sit RYOSUKEさんが、とある事務所から話があるから訊いてみようか?って言った時も、俺たちは自主でやろうって決め始めていたし。

RYOSUKE まあ、でもバンドが絶対だから。

Sit あと、俺らも仲良くなかったですからね。