『コラムパーク』
「横山伝説」
♪箱根の山は天下の険~
誰にでも「想ひで」はある。
俺は『箱根』と聞くと、どうしても、あの伝説が頭をよぎる。そして、あの音が…。俺の 頭から一生離れることはないだろう。「フォワンフォワンフォワンフォワン」………
‐箱根‐
俺ら仲間の間でも語り継がれている『横山伝説』を紹介しよう。
俺の兄貴の友達に横山君っていう人がいるんだけど、そうこの男が伝説の主人公だ。横山君は俺の2コ上で、兄貴の1コ下、兄貴のバイト先の後輩だったんだ。横山君はメガネをかけ、若干二枚目の勉強出来るタイプ、中背細身 で真面目な人だ。兄貴を通じて、俺の仲間もみんなで遊ぶようになった。
俺が高校2年の時、忘れもしない土曜日の夜、18歳になり車の免許を取ったばかりの横山君がオヤジの新車カローラを駆り出して、我が家にやってきた。ウチにはその時、兄貴と兄貴の親友A君、俺と俺の友達のB作の4人が居た訳ですよ。横山君が免許取って、オヤジの新車で、せっかく遊びに来たのだからドライブに行こうってなったのさ。
エコノミーな小さいカローラに5人ギュウギュウでドライブに出た訳よ。みんなで当時ハマっていたBOOWYの曲をガンガンにかけて、熱唱しながら、走り出したんさ。走ってすぐに気付いたんだけど、この人ずいぶんスピード出す人だなぁと感じた訳ですよ。初心者だし、すぐに身に危険を感じた。
先の信号赤なのにアクセル踏む!そして強めに止まる。なんせ無駄に飛ばす。箱根駅伝で走る、国道1号線を鎌倉方面に外れて、しばらく道なりいくと立体で少しキツめの右カーブがあるんだけど、そこをモノ凄いスピードで入っていく訳ね。その時、BOOWYの名曲『ビーブルー』を全員で熱唱していたのだけど、そのカーブに進入し始 めた瞬間、全員一斉に歌が止まったのね。ノーブレーキ!本当に凄いスピードでカーブに入って行くんだもん。
タイヤが大きな音で「ホワァンホワァンホワァン」って鳴り出し、壁が迫って来る訳ですよ。曲がりはじめたら、みんな歌どころじゃなくなって、そう、みんな必死に『生還』への心のブレーキ踏んだのさ。
しかし、俺は、あぁ!これは本当にぶつかると思った。本気で死が頭をよぎったし、まだ生きたいと思った!!しかし本当にギリギリのギリギリでカーブを抜けた訳よ。まがってる間だけ、時間にして4秒ほどかな歌は止まって しまったんだけど、カーブでみんなびびった事には誰も触れないんだよね。当時、ビビる事はダサいというプライドも強い年頃だからね。
BOOWYの『ビーブルー』も何事もなかったようにみんな一斉に強気で再開して歌い出したんだけど、歌声に出発時の覇気はもうない訳で。曲が終わった所で、友達のB作が「さっきのカーブさ・・・危なくなかった?」ってやっと本音を切り出したのよ。横山君は「別に普通じゃん」って答えたんだけど、完全に顔から血の気が引いてるのね。本人が一番ビビってたんだよね。でも結局みんなで「あのカーブをあのスピードで曲がったのは凄い」って誉めちゃった訳よ。
確かに今、考えても、あのスピードで曲がったのはマグレでも凄いと思うよ。もしかした ら、あの一瞬だけは藤原豆腐より早かったかもしれない!でも横山君はみんなに誉められたものだから、調子に乗っちゃって、これから箱根に攻めに行こうと言い出したから大変なんです。唄にもあるように、箱根の山は天下の険ですよ。まさに峠、ウネウネした連続カーブ! 今はどうかわからないけど、当時、週末はコース脇、ギャラリーでいっぱいだった時期でね。これまたウチの兄貴が怖いもの見たさで同調するから現実味をおびてくる訳ですよ。俺は超嫌な予感がして、明日も朝から部活があるからと何度も連呼して断ったんですよ。しかし、みんなに却下されて強制参加になっちゃったんす。
何にせよカローラに5人乗りはキツイからと、兄貴の親友Aも車持ってるから取りに行っ て2台で行こうとなったんですよ。兄貴の親友Aは兄貴と同級生なんで横山君より年齢は1つ上で、車の運転も横山君よりはもちろん馴れている。こうなったら同乗する俺と兄貴とB作の3人は意地でも親友Aの車に乗りたい訳ですよ。だって、あの1つのカーブであれです よ。命がいくつあっても足りません。
さぁ出発と親友Aの車庫の前に二台並んで待機している車の横で3人はジャンケンしたんですよ。同乗する車を選ぶためにね。露骨に嫌がると横山君スネルからひっそりとね。俺は、これは生きるか死ぬかのジャンケンと本気で思った。しかし無情にも俺と兄貴が負け、B作が勝ったんだよな。ひっそりとジャンケンしたのにB作が飛び跳ねて本気で喜んでる訳よ。 そのスキに俺と兄貴は無言で打合せもなしに親友Aの車に乗り込んだんさ。
ドアロックして窓を少し開けたら、B作が「汚えぞ!汚えぞ!」と半ベソかきながら必死に中に入ろうとドアをガチャガチャしてるのよ。俺と兄貴に笑いは無かったね。死ぬか生きるかにジャンケンの勝敗義務なんて関係ねぇ! そうしたら横山君が車から降りて来て、B作に「心配ならいいよ。こっち俺一人で行くから」って寂しそうに。言ったんだよね。そう言われたらB作も乗るしか無いじゃん。横山君の車に向う重い足取りのB作の目に殺意があったのは言うまでもない。
先行1号車
横山君のカローラ、助手席にB作!
後攻2号車
親友Aの車(確か黒のシビック 系)、助手席に兄貴、後部座席に俺!
その2台でいよいよ、出発した訳ですよ。その日も俺、部活がっつりやって来たから箱根までの道のり寝ちゃったのね。ギャギャギャというタイヤの音と横Gで起きたら、もう伝説が幕を開けていたんですよ。既に親友Aのこのマシンは峠を頑張ってはしってる訳ですよ。もっと頑張ってるのは前を走る横山君の車!っていうか死にもの狂いだね。土曜の夜だし左右 にギャラリーがびっしりいる箱根のヘアピンを一台だけフォワンフォワンフォワンってタイヤの音を出して必死に曲がって行く訳さ。周り はドリフトだよ。完全に場違いな2台なんだよな。でも親友Aはタイヤの音も一丁前に「ギャギャギャ」とだして少しだけど滑らせて走っ てる。しかし少し走ると前の横山号に追いついてしまいアクセルをゆるめるの繰り返し!
対称的なのは横山君の車!ド・ノーマル白のカローラでタイヤをフォワンフォワンさせな がら、すべてのコーナーを全開で走ってる。全開っつてもギャラリーからみたら普通に曲がってる車なんだろうな。タイヤの音だけは、めずらしいだろうけど・・・。
後にB作の証言で横山君はその時「ギャラリーが俺に注目してる。」と呟いたらしい。本気の勘違いを堂々としてる訳さ。必死だけどさ、横山君は免許取りたてですよ。やはり無理だったんだよね。この時、車の中はSHOW-YAの名曲『限界ラバース』が爆音で流れていたらしい・・・。
その時、歴史は動いた!
キツ目の左カーブで左側は容壁(崖 崩れ防止のコンクリの壁)、右側は木々が連なる崖。完全にオーバースピードで カーブに侵入した横山号は大きく対向車線にはみ出る!横山君は崖には落ちまいと必死にハンドルをもっと左に切る!タイヤの音は今日一番の大音量!「フォワンフォワンフォワンフォワン!!」車は持ち直し、元の車線に戻って来たかと思った瞬間、戻り過ぎ!
左の容壁に激突し、火花が上がる。その瞬間、すぐ後につけていた親友Aの車に乗っていた俺ら3人同時に「(ついに)やった!」と 声を出す。
壁にぶつかったカローラは跳ねっ返りで対向車線をはみ出し木々が連なる崖側へ!完全にコントロール不能になっている!カローラは土ケムリをあげて、バウンドしながら、すでに道では無い森林を走っている。道路を走る我が 親友Aの車と木々の間を走る横山号が一瞬、並走した。
これ本当にマジ話しなんだけど、その並んで走ってる時に助手席のB作と目が合ったんだ よね。B作は寂しそうな目で、こっちを見ていた。死を覚悟した人間は、みんなこういう静かな顔になるんだなと知った。いま思うと箱根 くる前の序章となった立体カーブを曲がった瞬間は、みんなこういう静かな顔だったんだろうな。人は一生に何度この静かな顔を経験する かわからんが、B作だけは、この日、この数時間でしずかなる顔を二度体験したのである。
次の瞬間、ついに車が選ばれた木に突き刺さった。ドンという音と同時に潰れたフロントのラジエーターから湯気がプシューって飛び出したのを俺は親友Aの車の窓から顔を出して確認した。間髪入れず車からB作が脱出してきた。どうやらラジエターからの湯気で爆発すると思ったらしく、運転席にいる横山君の安否を気にする事もなく一気に飛び出して来た訳だ。
フロントが潰れたカローラ、エンジンは止まってもバッテリーは生きてたらしくB作が車から脱出して扉が開いた瞬間、車の中から『バックトゥザファイヤ~~~~♪』とSHOW-YAの 元気な歌声が爆音で静寂な箱根の山に響き渡った。
俺らも車を降りて木に突き刺さったカローラを眺めた。その時、兄貴の口から出た、ため息混じりの言葉は『大丈夫か?』とか『お前ら無事か?』とかではなく『やっぱりな。』だった。
横山君はなかなか車から出て来なかった。
運転席の横まで行って中を見ると、横山君はまだハンドルを両手で握りしめ、ハンドル上部にオデコを付けてうなだれたままだった。シートベルトをしていなかった横山君、怪我でもしたのかと横山君に声をかけると、盲導犬でも聞き取りにくい小さな声で一言「嘘だろ、嘘だと言ってくれ」と映画か漫画でしか聞くことのできないセリフを吐露した。
横山君の伝説はここで終わらないんです。
結局、横山君のオヤジの新車カローラは廃車になったが、横山君には大きな怪我がなかっ たのは不幸中の幸いだ。前歯をハンドルにぶつけ少しかけて、フロントガラスにヒビが入る程度にオデコを打ったくらいで済んだ。
一ヶ月もしないウチに横山家は、また新車カローラを買い直した。横山君も相当、親には怒られた事だろう。
しかし、ここで凹まないのが横山君だ!納車されたばつかりの新カローラで、よせばいいのに今度は彼女と箱根に出掛けた。後から横山君に聞いたのだけど、今回はドライブであって攻めるつもりはなかったらしい。
しかし、またあの立体カーブの血が騒いでしまったのだろう。結果・・・
その日も、横山君は箱根でカローラを廃車にした。彼女に怪我はなかったらしいが、それが原因か彼女も廃車となってしまった。
約1ヶ月、2回の箱根で新車2 台、彼女1人を廃車にしたという、2打数3安打の離れ業をしてのけた横山伝説は、今も俺らの間で語り継がれる。
そして伝説の序章である国道1号線から鎌倉へ抜ける立体カーブは今でも俺らの間では フォワンフォワンコーナーと名付けられている。
横山伝説終わり。
涼 37歳 会社経営
2013.11.29