このサイトはJavaScriptがオンになっていないと正常に表示されません

フリーライター石井恵梨子の
酒と泪と育児とロック

Vol.5

いきなりの育児報告になりますが、下の子供、それまで母ちゃんにダッコされないと寝付けなかったチビスケが、ようやく母不在でも寝てくれるようになりました。つまり、今年からライブに行ける日がぐっと増えた! といっても月に3~4本くらいか。出産前は年間200本くらいが普通だったので、週に一度くらいの夜遊びは可愛いもんだと思ってます。でも普通に会社勤めしてたらライブなんて月に1本が限界かもしれない。ていうか残業続きでライブどころじゃねぇ!と叫びたい人だっているよね。今まで「行けて当然」だったライブの現場が、今では本当にありがたく楽しめる。これだけでも母になった大きな収穫です。

で、夜遅く帰ってきて、すやすや眠る子供たちの顔を確認し、酒飲みながら「久々のライブたのしー、ライブハウス最高」みたいなことを一人ツイッターにつぶやくわけね。酒も入ってるし、もともとソフトな文章があまり得意ではないもので、まぁ乱暴な140字になるわけですよ。たまには怒りも買う。ちょっとしたネットのやり取りから始まった話を、今回は書きたいと思います。

それは我が最愛のR&Rバンド、ギターウルフを見た日のこと。彼らを知ってる人はわかりますよね。バンドも客もばしっと革ジャンやリーゼントでキメていて、キャイキャイ群れてる人たちはあまりいない。時代錯誤と笑われようが、不良!という雰囲気を全身にまとって皆それぞれにツッパってます。でもダイバーがいればさっと手を差し伸べる。んで、さっさと下ろす。あとは勝手にしろという感じ。酒飲んでヘラヘラしてる奴もいるし、一人でガンガン頭振ってる奴もいるし、殴り合いみたいに暴れてる連中もいれば、大声で勝手に歌う奴もいる。私、この雰囲気がたまらなく好きです。あぁライブハウスにいるなぁとしみじみ思う。だからツイート。「全員フェスTで同じように腕振って、ダイバー迷惑でーす、マナー守ってくださーい、みたいなのはライブハウス文化じゃねえや」と。

そしたらこれ、思いのほか拡散されまして。同じくライブ好きのロックファンとおぼしき人々が「同意です!」と言ってくれるんだけど、そこから続く意見は千差万別。「同意です! 最近はモッシュでもマナー守れない子が多い」「ピット内でほどけた靴ヒモ結ぶとか、どうかと思う」「流行りの手拍子厨はいかがなものか」。あとは「同意! 周囲への気配りがないのはダメです。後列で暴れるのはやめてほしい」「嫌な思いするとそのアーティストのライヴには行きたくなくなります」などなど……。増えるリプライの数だけ、私の中で妙な違和感が膨らんでいくのでした。

なんか、ね、結局みんなマナーの話をしてるんですよ。マナーを守れと怒っているんですよ。そりゃ不快な出来事に遭遇して腹が立つのはわかる。でも、そんな光景は電車内でも近所のスーパーでも学校でも会社でもあるでしょう。また何を不快に思うかも人それぞれで、怒りを覚えるポイントだって同じはずがない。これ、すごく当たり前のことで、凡庸にまとめると「世の中いろんな人がいる」「だから公共の場所にはマナーが必要だ」という結論になるんだけど、すげぇつまんない話ですよね。つまんないことが多すぎるからライブに行く。よくわからない公共性というものをすっ飛ばして楽しめる場所がライブハウスじゃないのかなぁと思うんです。つまりは、ライブハウスにマナーなんかいらねぇよ、ってこと。

ライブハウスに初めて足を踏み入れた日のことを覚えてますか? 怖かったし暗かったし、いろいろ衝撃的だったけど、私がとにかくびっくりしたのは音のデカさです。寝る前も耳がキーンとして、翌日も耳鳴りのせいで授業中の教師の声なんかほとんど聞こえなくて、あぁ昨晩はものすごい場所にいたんだなぁ……と放心するばかり。高校の頃はロックを聴いてたら親が「近所迷惑だ!」と怒り出すことがしょっちゅうで、キレたオカンが掃除機のヘッドを振りかざしてステレオを破壊!なんていう出来事もあったけど(今思うとすげぇ荒れてたな、我が家)、そうやって家で聴く「近所迷惑」限界の爆音よりもライブハウスはさらに音が大きかった。いわば非常識な騒音、とことんマナー違反の爆音を楽しませてくれた場所だったんです。

ヘッドフォンの音漏れも誰かの逆鱗に触れてしまうご時世、普段はみんな窮屈そうにマナーを守ってます。それは周りにどんな人がいるのかわからないから。でもライブハウスには「みんなナマの音楽を聴きに来た」という共通項だけがある。その共通項ひとつで開放されて、近所迷惑な爆音を浴びながら遊べるんですよ。そんな素敵な場所に公共のマナーの話なんか持ち込まないでくれよ、と思います。もちろん、暴れてぶつかった、蹴った蹴られたという出来事はあるけれど、それはマナーじゃなくてルール。「誰かが不快に思うかもしれないので自粛しましょう」という雰囲気の話じゃなくて、「痛い思いさせたらすぐ謝れ!」という絶対的なルールです。子供でもわかるよね。

ここで話はいきなりオカンの日常に飛びますが、子供たちを公園のすべり台で遊ばせるとつくづく思うのね。「前の子を押しちゃダメ」「先に下りた子がちゃんとどいてから滑ろうね」。なぜなら危ないから。おケガするから。同じように、ダイバーが飛んできたら受け止める。ぶつかって誰かを倒してしまったらすぐ助ける。なぜなら危険だから。流血沙汰でライブ中断みたいな事態になったらつまんないから。楽しく遊びたいって意味ではまったく一緒でしょう。そう考えると我々パンクスは、いい大人になってもすべり台でキャッキャしているようなもん。他人の行為に目くじら立てて「あれはいかがなものか!」と言い出すの、滑稽になってきませんか?

幼児にとって、高いところによじ登って一気に滑り落ちるのはたまらないスリル。でも我々はもっと大人なので、非常識な爆音のなかで全身をぶつけあって興奮するという楽しみを知っている。どちらも同じ遊び場の出来事です。守るべきルールさえ尊守していれば誰もが笑顔でいられるはず。すべり台が楽しすぎて頂上で奇声をあげるガキってよくいるけど、それはマナー違反だ、といきり立つ母親がいると思います? 「変な場所で変な手拍子をしてる人がいて不快でした!」というようなことを言い出す人は、誰のための何のためのマナーを指摘したいのか、私にはさっぱりわからないのです。

で、これだけ書いても多分いるんだよね。「アーティストの音楽を楽しみにきたのに、隣の人がずっとシンガロングしてて迷惑でした!」みたいなことを言い出す人が。公園の桜を愛でに来たのに宴会の客がいて迷惑だった、みたいな話ですよ。ええ、そりゃ確かに迷惑でしょうよ。しかし公園やライブハウスに指定席はない。答えはひとつ。場所移動しろ!

クセなのか何なのか、かなりキツい書き方になっちゃいました。私だって年間200本ライブに通ってた頃はこんなこと考えなかった。我こそがライブハウス・マスター、このハコの流儀ならわかってるぜ、という気分だったし、若い子のノリ方が最近変わってきたよねぇ、なんてことを偉そうに話していたかもしれないです。でも出産してしばらくは外出どころじゃなくて、数カ月ぶりにライブに行った時にびっくりしたんですね。「音、でけえ!」って。普段はありえない爆音を楽しませてくれるライブハウス。それをピュアに楽しむ心が曇ってないかどうか。マナー論争の前に改めて考えてほしいと思うのです。

2013.02.15

  • 感想文
  • バックナンバー