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フリーライター石井恵梨子の
酒と泪と育児とロック

Vol.18

前回のインタビュー、若手メロディック・バンドから怒涛の反論が来るかと思ったけど……全然ないですね。「形骸化してる」「似たもん同士の楽しいサークル感」などと言われて平気なのかな? いや、そもそもこのコラムなんか見てないよって話かもしれない。わはは。

なので、次回はベテランVS中堅VS若手のパンクシーン談義とかに発展するかと考えていたけど、いいや、もう一気に話の方向を変えます。

♪バ〜イセコッ、バ〜イセコッ

クイーンの「Bicycle Race」を脳内に鳴らしながら読んでくれると幸いです。先日ボウズが5歳になったので、自転車を買い与えました。7歳のムスメも二年前の誕生日に自転車。自分が初めて乗ったのがたぶん5歳くらいだったんでしょうね。「そら5歳ともなりゃ自転車でしょう!」という思い込みが私にはあったのですよ。

お気に入りの色を選ばせて、公園で一緒に練習をして、2人とも無事乗れるようになって、そのあとにハタと気付きました。同い年で自転車持ってる子、案外少なくない?

石川県金沢市で生まれ育った私の感覚でいえば、チャリンコは子どもにとって最強の、そして必要不可欠な移動手段です。そもそもチャリがなければどこにも行けない。なぜなら市内に電車などほとんど走ってないし、バスはよほど繁華街に住んでいない限りは1時間に2〜3本が普通だから、一本逃すとすなわち地獄。どこかに集まる時に「バスで来た」と言う子が、心なしか大人っぽく見えたものです。

そういう土地には、チャリにまつわる独自のユースカルチャーが育まれます。まず小学生のときは「ギアのたくさんあるチャリが格好いい!」という男子が急増しますね。やたら存在感のあるシフトレバーをガコン、ガコン、ガコン!と動かしながら、平坦な小学校の運動場をぐるぐる走っていた男子たち。今思うとアレは何だったんでしょうか。その一方で女子たちは「いかに可愛いと言われる色を選ぶか」「前カゴの色などで個性をアピール」などのマウンティングをすでに始めているのでした。

中学生くらいになると、自意識とのせめぎあいが始まります。私が通っていた学校は「遠方の学生のみ自転車通学可」だったんですが、その際「ヘルメットは必須」。今みたいな流線型タイプじゃないですよ。真っ白のドカヘルで、首が締まりそうな太いあご紐まで付いているやつ。それをいかに格好良く着崩す……いや被り崩すか。それこそが最重要課題になってくるのです。どうやってもダサいんだから何ともならないんですけどね。でも、みんな必死でいろいろ考えていたものです。なるべくラフに被る、可能な限り斜めっぽく被る(結果的にどちらも「すっぽり」になっちゃうんだけど)。あるいはヘルメットをカゴに入れて自転車は漕がない、あえて手押しで歩き続ける(……時間の無駄!)。今思うとほんと笑えるんですけど、芽生えた自意識にがんじがらめになっている中2の、最大の敵があのヘルメットだったように思います。

そして高校になると、チャリを巡るカルチャーはワルの方向に進みます。窃盗チャリ。地元では「セッチャ」と呼ばれていましたが、とにかく盗んだバイシクルで走りだすわけですよ。15の夜です。尾崎豊よりはだいぶライトなノリで「セッチャ」が流行っていました。そのうち「どんなチャリの施錠も解除できる魔法のカギ」を持つというモノホンの悪党も現れて、チャリは盗み盗まれ、また盗み返され、狭い田舎町をぐるぐる回ることになるのですね。今思うと本当にとんでもない話です。全員まとめて土下座! って感じの。

そうやって18歳までペダルを漕ぎ続けた私は、子どもは当然自転車を持つものだと信じきっていました。しかし、都内の子にとってそれは常識でも何でもないようです。

いつものように自転車で子どもたちと公園に行くと、一輪車で遊んでいた女の子数人がムスメのところにやってきました。聞けば、同じ小学校の二年生グループで、ムスメとは顔見知りであると。「あぁ、じゃあ一緒に遊ぼうか」。そう提案すると、グループのリーダーっぽい子が「わたしも自転車乗ってみたい」とムスメのそれを羨ましそうに見つめている。「いいよ。乗れる?」「ううん。持ってないし」「……一輪車乗ってんのにぃ!?」「うん」。

そ、そうなんだ、一輪は乗りこなせて二輪は無理なのかと妙な感心をしながら、その女の子の初めてのチャリデビューに付き合うはめになります。ご存知のように、自転車は漕ぎ出しのタイミングが一番不安定なので、最初は子どもの背後から一緒にハンドルを持って走ってあげる必要があります。でね、その子が意外とどんくさい。何度もバランスを崩し、「もっかいやって」の繰り返し。私はひたすら前傾姿勢で誰か知らない子の自転車デビューに付き合って走っている。つーか誰なんだよお前! 30分ほど一緒に走り続け、ゼエゼエしながら、私は今この瞬間なんていい人なんだろうと泣きそうになりました。

後日、友達にこの話をすると「あー、わたし、その練習でめげて、もう一生自転車乗らないって決めたんだよねぇ」と涼しい顔で言われました。「えっ、乗ったことないの?」「うん。危ないし。でも別に困んないよ」。そんな彼女は、広尾生まれ、恵比寿育ち「子どもの頃はお嬢だったけど親の離婚をきっかけに没落した」と笑う生粋の都会っ子です。ははぁ、そういう土地で育つと自転車っていらないんですね。ていうか先日のあの子も「自転車は特に必要ないけれども、一輪車に乗りたいならすぐに買ってあげるわ」という親の元で育っているお嬢様だったのかな。なんか謝礼くれ。今さらなことを考えてしまいます。

都内では、電車とバスが縦横無尽に走っているから、普通に生活するぶんには自転車はいりません。かくいう私も持ってないですしね。でも、子どもたちが楽しそうに自転車を漕いでいるのを見るのはとても楽しい。最初から補助なしで練習させていたボウズ(なぜならこいつは毎日転びまくっているし、受け身が上手い)は、初めて自分ひとりで漕げたときに「お空を飛んでるみたーい」と笑いながら叫んでいました。

〈初めて補助輪外した瞬間とかはぶっ飛んだ 二度と来ない究極の無重力さ〉

THA BLUE HARBの『LIFE STORY』にあるリリックが、突然リアルに思い出された瞬間です。たぶん、曲を聴いている時にはそこまで感銘を受けなかった。イル・ボスティーノが「究極の無重力」と回想し、ボウズが「お空を飛んでる」と咄嗟に叫んだ瞬間を、私はとうの昔に忘れてしまったんだなと、寂しいような切ないような気持ちに襲われたものです。二度と来ない経験が、これからも、もっともっと子どもたちにあればいい。それを一緒に見守ってあげられる貴重な今の時間も、きっと、二度と来ないもの、なんでしょうね。

2016.04.05

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