フリーライター石井恵梨子の
酒と泪と育児とロック
Vol.13
少しずつ春が近づいてきました。娘はこの4月から小学生になります。早いなぁ。つい最近生まれた気がするのに。ってことは私「つい最近」から確実に6年分ババアになってるわけですね。怖ぁ。
♪一年生になったーら、一年生になったーら、友達100人できるかな♪
幼稚園で習ったばかりの歌を家でも披露してくれます。オカンは笑顔でそれを聴き、心の中で思うのです。100人? できねーよ。いらねーって。
友達、の話です。みなさん友達いますか? 軽く訊いてみたものの、けっこうヘビーな質問ですよね。知り合いはいっぱいいる。共通の趣味を持つ仲間がいる。酒の席で騒げる連中もいる。SNSで有意義な対話のできる誰かがいる。でも、そいつは果たして「友達」か? そんなふうに考えると途端にモゴモゴしてしまうのは、私に限った話ではないと思います。
なんの自慢にもならないけど、私は友達が極端に少ないほうです。地元のライブハウスでできた、ひとり。東京に来てから意気投合できた、ひとり。もちろんこれは「友達」を超えた「親友」のレベルだけど、なんでも話せるし相手も同じように思ってくれる、しばらく会わずとも絶対疎遠にならないと言い切れる友達が、ふたり、いるんです。
ふたり「しか」いないのか、ふたり「も」いるのか、受け取り方は人によって違うでしょうが、私にはこれで十分。何でも話せる相手なんてそんなにたくさん必要ないと思っています。ていうか、薄っぺらい知り合い増やしても仕方がない。誰彼かまわずイイ顔してる奴は信用できない。そんな前提があると言ったほうが正解かな。ええ、基本的に人見知りです。アルコールが入った時は別だけど、人に心を開くことが大の苦手で、ものすごくハードルの高いことだと思い込んでいるんですね。
それでインタビューができるのか、と言われそうです。そのわりに俺の繊細な心にズカズカ踏み込んでくるじゃねぇかお前、と苦情を言いたいバンドマンもいるでしょう。たぶんね、反動なんです。気楽にフレンドリーな会話ができないから、ド緊張しながら肚を括り、ド真ん中に突っ込んでいくしかない。人見知りゆえに確立された自分のインタビュー・スタイルだと思います。
パンクロックのせい、というのは暴論だけど、音楽に夢中になってこの性格に拍車がかかったのは間違いないです。だいたいね、10代でロックやパンクにハマるのはマイノリティ。私が高校生だったのはハイスタが全国的に流行る手前だったので尚のことです。スターリンを聴きながら、こんなにヤバいものを知っているのは自分だけだと悦に入り、ヒット曲で騒いでいる同級生を心底バカにしてました。仲間外れにされるのではなく、自分から孤立するのはちっとも怖くない(いや、むしろカッコいい!)。その後押しにパンクロックがなんと役に立ったことか。
厄介なもので、10代の頃は音楽ひとつで「自分はあんたらと違う!」という自意識が加速するんですね。サッカー部の先輩がカッコいいと騒ぐ女子の集団を「くだんねぇ」と吐き捨て、テレビや芸能人の話は「興味ない」、休み時間も受験勉強している集団には「一生やってろ」と鼻白んでいた。我ながら本当にイヤな奴だなと思うけど、好きだったのはライブハウスと音楽雑誌だけ。それ以外の世界は本当にどうでも良かったんです。
で、幸か不幸か、19歳という若さでライター活動を始められたもんだから、知り合った人はだいたい音楽関係者。遊ぶのは同業ライターとか編集者で、結婚したのもライブカメラマン。誰と飲んでいても音楽の話ばかりで、本当に「それ以外」の世界を知らないまま30代になっていたのでした。
そんな私が3年前に飛び込んだのが「幼稚園」という世界です。実際のことを知らない人もなんとなく嫌な話を聞きますよね? ママ友、お受験、習い事、格差、噂話、人間関係トラブル、派閥争い……いやぁぁぁぁあ!
ま、フタを空けてみれば面接も勉強もなく、一日中裸足で走り回っている呑気な幼稚園でしたから、お受験競争は皆無。ただし基本的に幼稚園の母親って専業主婦が多いですからね。不安要素は満載。働いているのは悪目立ちする要素ではないか。音楽ライターだと知られると何を言われるのだろう。ひょっとすると名前をググられてしまったり、そこから妙な噂が立ってしまうのでは。なんとなれば「え、横山健と知り合いなの? サインもらってきてぇ〜」とか面倒なことになるのではないか……!
笑われても構わないけど、ここでも自意識って過剰になるんですね。積極的に溶け込もうとする前に、「私はあなたたちと違う」という防御の気持ちが働いてしまう。だけど緊張する私をよそに、他の母親たちはなめらかに親交を深めていくのです。下の名前で呼び合って、まずは共通する育自の話、そのあとはネイルやダイエットの話なんかで楽しそうに盛り上がっている。高校からまったく成長していない私は心で舌打ちします。「くっだらねぇなぁ!」。でも高校の時と違って、正直こうも思うのです。「ひとりは寂しいなぁ〜」。
勝手にガード作って孤立してるくせに、やっぱり話す相手がいないのは寂しいもの。そりゃ天気の話くらいはする。無難な話はできるけど、全然楽しくない。だけどみんなが騒いでいる話題に興味が持てない。輪に交われない。うーん、本当に私は音楽の話しかしてこなかったんだなぁ。それは「好きなことで生きてきた」結果であり、「世間知らず」という代償でもあるのでしょう。
それから2年。娘が年長になり、卒園も間近になって、ようやく環境に変化がありました。きっかけは娘が仲良くなった女の子たち。いつも一緒にいて、互いの家に遊びに行きたがり、となると親も交流せざるを得なくなるパターンですけど、実際に話してみるとびっくりします。まずね、みんな音楽に興味がありません。家にCDがない場合もある。メジャーとインディがどうという話ではなく、音楽そのものに興味がない。なんてこった!
だから、実は音楽ライターだと言っても、反応はおしなべて「ふーん」。Aさんは「ロックって……X JAPANくらいしか知らない」と言い、Bさんは「ライブとか行くの? 若いねぇ!」と笑って肩を叩いてきた。その程度。どのバンドが好きだと興に乗ってくる人もいないし、横山健のサインを欲しがる人もいない!……マジで? パンクシーンに片足突っ込むことで「あんたたちと違う」と思っていた自意識が、ガラガラと崩壊する音が聴こえましたね。ネイルサロンの話を私が「くっだらねぇ」と思うのと同じくらい、彼女たちにとってロックは無価値なものなんだ。当然、そこに優劣はないんです。
そしてみんな、無価値なものを排除しながら、自分の好きなものをちゃんと語ってくれます。Aさんは結婚するまで世界中を放浪していた筋金入りの旅人だったし、Bさんは学生時代に所属した吹奏楽部の延長で、今も管楽器を習っていたりする。さらに洋裁を筆頭とする手作りが好きで、大好きなビールまで作れる手腕を持っている。ざっくり言えばみんな専業主婦だけど、それぞれ、何かあるんです。そしてそれを語るときの表情はイキイキしています。私、なんだか本気で落ち込みましたね。「くっだらねぇ」って何だ?
「幼稚園ですっごいガード硬いよね? なんで」とBさんに訊かれたことがあります。いや、なんか怖いんだよ、どうでもいい子育て話とか芸能人の話とかに混ざれないし混ざりたくない。そんな私の愚痴に対して彼女は言いました。
「毎日やってるから育自の話は別にしたくない。女性週刊誌みたいな話ばっかりの人もたまにいるけど、あれは誰だってつまんないよ。そうじゃなくて、ただ『わたし』と『あなた』の話をしたいだけだよ」
うわーん! そのとおりでしたー! 私が『わたし』を見せない限りは、相手も本当の『あなた』を見せてくれない。私が「パンクが好きで、文章を書くのが好きだ」を隠している限り、誰も自分の本音など開示してくれない。少しでも寂しいと思うなら、ちゃんと自分を伝えなきゃいけない。コミュニケーションの基本ですね。もちろん、かつてパンクロックが孤独から守ってくれたのは事実だけど、そこにしがみついて孤高を気取るのは馬鹿以外の何者でもない。育自6年目、37歳にして、ようやくそんなことを知ったのでした。
要約すると「はじめてママ友ができたよん」という話。だから何だと笑われそうだけど、私にはここまでの道のりが本当に長かった。そして、こうしてコラムに書いてしまうくらい嬉しかったんです。
今では「保護者代表の原稿書かなきゃいけない、苦手だからエリコさん添削してよー」などと頼まれることがあり、「おっしゃー、お安い御用」と笑顔で引き受けている。パンクの話なんか誰も興味がない世界だけど、文章が書けるという特技が、ちょっとだけ、誰かの役に立っている。これだけで全然違いますね。貝のように黙りこくっていた3年前よりも、今のほうが楽しいんです。
2015.02.03