BURL 3rd Full Album [JUST PUNK,GO!!] 2018.08.01.wed In Stores!!

BURL 3rd Full Album [JUST PUNK,GO!!] 2018.08.01.wed In Stores Code: PZCA-83 / Price: 1,800yen(+tax)

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BURL 3rd Full Album [JUST PUNK,GO!!] ジャケット画像

BURL - Come On Boy

BURL 'JUST PUNK, GO' RELEASE INTERVIEW!!

Interview Vol.01

-- 待望となる新作が完成したわけですが、今年は結成20周年という節目でもありますよね。

KEMI(Ba./Vo.) でも、そこはあんまり意識してなかったんですよ。

TAKA(Vo./G.) もともとは僕とKEMIでダラダラと始めたようなところもあるし、そんなドラマティックなバンドじゃないんですよ(笑)。

-- せっかくの機会なので改めてお伺いしますが、BURLはどういった流れで始まったんですか?

TAKA 当時、僕はSLUG GO!、KEMIはKNUCKLESをやってたんですけど、KEMIが先に辞めたのかな?

KEMI そうそう。

TAKA 当時、メロディックパンクが大阪のシーンではかなり多くて。でも、僕はもうちょっと初期寄りのパンクロックをやりたいのもあり、SLUG GO!を辞めて、KEMIとBURLを始めたんですよね。

-- 初期寄りのパンクロックと言いますと、どのあたりのバンドをイメージしますか?

TAKA 初期パンク全般、いろいろ好きで聴いてはいましたけど、僕がずっと好きだったのはラモーンズ。で、KEMIがザ・クラッシュか。

-- 初期パンクに根ざしたバンドは、大阪には少なかったんですね。

TAKA そうっすね。

KEMI とにかく、メロディックパンクがめちゃめちゃ流行ってました。

-- 大阪を拠点にしてるlocofrankとGOOD4NOTHINGも今年で結成20周年ですから、そういった志向のバンドが多かったのは頷けますね。BURLを結成して2年ほど経ち、00年に1stシングル『Run Up Flight Of The Stairs』を自主レーベルであるHEAVY COVER RECORDSより発表しました。足早に活動を進めた印象もあります。

KEMI アレは2年ぐらいか。順序としては、まず最初にデモテープを出して、そのすぐ後に同じノリでシングルをCD-Rで作ったんですよ。当時、TOWER RECORDSをはじめとするレコード屋さんがCD-Rも扱ってくれたんで置いてもらったら、結構売れて。で、その流れでプレスして正式な作品としてリリースしたんですけど、全国的にはちょっと厳しいところもありましたね。

-- その時期ですと、BURL、KNUCKLES、3.6MILK、PETの4バンドで開催していたイベントであるOSAKA BURNINGの印象も強いですね。

KEMI やってましたね。KNUCKLESは僕も同郷で在籍もしてたし、他のバンドもみんな仲も良かったんです。だから、仲間内でやったイベントであって、そんなに深く考えがあったわけでもないんですけど。

TATSUYA!(Dr.) その当時、僕はPETでドラムを叩いてたので、OSAKA BURNINGの中のひとりでした。BURLはファンとして普通に観てて、好きでしたね。

-- 映像チームとコラボレーションしてたこともあり、面白いムーブメントな感じもしましたが、どうでした?

KEMI やっぱり、面白かったですよ。

TAKA ただ、盛り上がりとしてはどうだったのか、自分たちじゃわからない部分もありますね。

KEMI 仲間内で盛り上がって始めたイベントだったんですけど、バンドマンはちゃらんぽらんなところもあり(笑)、TAKAがひとりで頑張ってたところもあったような。

TATSUYA! KOSUKEは観に来てたんやな?

KOSUKE(G./Vo.) 観に行ってました。僕は(BURLの)メンバーよりも5つ下なので、そのころはバンドを始めて間もないし、怖い先輩たちのイベントに足を運んでテンションがアガってましたね。

-- 当時のKOSUKEさんからすると、あの周辺には怖さもあった?

KOSUKE 高圧的な怖さがあったというわけじゃないんですけど、僕らみたいなヤツらにも共有できるヤバい空間を作ってくれてるみたいなイメージでした。だから、衝撃でしたよ。

-- 03年には1stフルアルバム『GOT TO GET PUNK INTO MY LIFE』も発表し、ツアーも開催。その翌年である04年には1stミニアルバム『STOP THE FUCKING WAR』も完成。バンドとして充実した時期と言いますか、いい反響もあったのかなと想像します。

TAKA ただ、そんなに動員が伸びるわけでもなく、『GOT TO GET PUNK INTO MY LIFE』のツアーもかなり厳しかったんですよね。

KEMI あんまり地方にもライヴをしに行ってなかったし、知名度はなかったんじゃないかな。それこそ月に12回とか、とにかくライヴはやってたけど、バンドとしてのやり方もわかってなかったし。

-- いろいろな展望を描いたりもせず?

KEMI いわゆるメロディックも好きなんですけど、一貫して初期パンクがずっと好きなんで、そういう音を鳴らしていきたいというのはありましたけど、それ以外は何も考えてなかったかもしれない。良くも悪くもでしょうけど。

-- そうなると、この時期に連続して作品を発表したのも計画通りということではなく、いいアイデアが浮かんだ瞬発力に従ったような。

TAKA そうっすね。『GOT TO GET PUNK INTO MY LIFE』を自分たちでリリースして、何とか形にはなったから、曲もあるし、次の作品もやろうか、っていうぐらい。

KEMI バンドとして考えれば、『GOT TO GET PUNK INTO MY LIFE』から『STOP THE FUCKING WAR』の間にドラムも替わってますからね。

-- しかしながら、そういう状況でも曲作りは行っていたという。バンドって、リリースの予定が無いと曲作りが進まないことも多いじゃないですか。

KEMI 僕ら、TAKAが持ってきた元ネタをスタジオで仕上げてくタイプなんで、ドラムが決まらないとなかなか進まないんですけど……

TAKA どうやったっけ? あんまり憶えてないな~。

-- メンバーが落ち着かない間は、普通に考えれば辛い時期だったと思うんですけど、そういったところも印象には残ってないですか?

TAKA たぶんね、充実はしてなかったんですよ。ただ、そういう状況が普通に感じちゃって、それが当たり前みたくなってたのかもしれないですね。

-- その後、05年にライヴ会場限定でカバーアルバム『HEAVY COVER SONG』を発表しましたが、流通する作品としては2ndフルアルバム『GREEN LIGHT MAKES A PURPLE SHADOW』までかなり期間が空きましたよね。

TAKA そうでしたね。

KEMI ドラムが決まらん時期もあったし、(TAKAが)RAZORS EDGEをやってたのもあったり。

TAKA あ~、そっか。そのちょっと前にRAZORS EDGEをやり出したのか。

-- TAKAさんは05年にRAZORS EDGEへ加入されましたね。

TAKA だから、(BURLは)思うような活動をしてなかったと思います。でも、そこまでそこにストレスがあったかと言えば、俺はそうではなくて。KEMIと当時のドラムはわかんないけど。でもRAZORS EDGEで得たものはすげーデカかったな。当たり前の事だけどRAZORSに入ってなかったら今のBURLもないし。すげー成長させてくれました。

-- 09年に『GREEN LIGHT MAKES A PURPLE SHADOW』を発表しましたが、そういった期間を経ての作品かつフルアルバム。テンションもアガるタイミングではあったのかなと。。

KEMI ただ、フルアルバムにするかどうかは最後までわからなかったんですよ。

TAKA リリースはKENJIさん(RAZORS EDGE)が主宰するTHRASH ON LIFE RECORDSから、リリースさせて頂いたんですが、曲ができてどうしようかなと思い、「どうっすかね?」と聞いたら「全然いいよ!」というような感じだったんです。だから、特に意気込んでやったというより、自然な流れやったんですよね。BURLをちゃんと理解してもらってる人(KENJIさん)でしたし。

-- その後、メンバーの脱退・新加入もあり、活動のペースとしては穏やかでしたよね。

TAKA そうでしたね。。

KOSUKE 周りからも動きがあんまり見えなくて、解散したんかなと思ったこともあったぐらい。でも、ライヴで観る機会があって「やってるやん!」みたいなこともありましたね(笑)。

-- そして、14年にTATSUYA!さんが加入します。先ほどの話にもありましたが、PETに在籍されてた時期もあり、勝手知ったる仲ではあったと思いますが、どういったキッカケで加入することになったんですか?

TATSUYA! 加入する前って、バンドはもうやってなくて、自分は東京でサラリーマンでした。そんなときに下北沢ReGで大阪三羽烏という、BURLとGARLICBOYS先輩とSPREADのイベントがあって、挨拶をしに行ったんですよね。で、(BURLの)ライヴを観たら、やっぱりカッコいいなと思って。BURLがドラムを探してることは知ってたし、何となく「オレができたらいいな」と想像してたら、TAKAさんに誘われたんですよね。まあ、実際に声をかけてもらったときはビックリしましたけど。

KEMI そのころ、RAZORS EDGEのKRASHやDizzy Sunfistのもあいくんに手伝ってもらったりして、(ドラムを)ヘルプで繋いでた状態だったし、凄く困ってたんです。それこそ、毎回のライヴでドラムが替わるような状態。

TAKA とは言え、誘ったはいいけど、後々になって考えたら(TATSUYA!は)東京やし、なんとかなるとは思いつつも「どうしようかな?」とは考えましたね。

-- TATSUYA!さんはすぐに決心したんですか?

TATSUYA! いや~、いろいろ考えましたよ、やっぱり。ただ、最後は「好きな事はやりたい」っていう、シンプルな答えにたどり着きましたね。せっかく好きなバンドに誘われたんやし、やろうと決めました。

KEMI TATSUYA!もすぐに大阪へ引っ越してきましたからね。もう、ええ歳じゃないですか。

TATSUYA! そのときは36歳か37歳やったから、まあまあええ歳やったな(笑)。

KEMI 生活環境を変えるのもたいへんなのに、シンプルに決断してくれて嬉しかったですね。

-- そこから2年、KOSUKEさんが加入することになりました。

KOSUKE ずっとBURLは3ピースで活動してきたじゃないですか。だから、ライヴを観に行って打ち上げに出たときにTAKAさんに誘われたんですけど、予想もしてなかったですね。最初、どういう気持ちというか、「3人でやってるバンドが僕を誘ってどうするんやろ?」みたいなところもあったし。

-- TAKAさんとしては、4人でやりたいイメージがあったんですか?

TAKA 絶対に4人や、っていう感じではなかったんですけど、何かぼんやりとそういうイメージがあったんですよね。まあ、KOSUKEはキャラも面白いし、入ってくれたら楽しいやろうなと。

-- 3ピースのバンドが音数や厚みを求めて、メンバーを増やすことがありますけど、そういったところに関しては?

TAKA 楽器の音の厚みは、さほど考えてなかったけど、声、コーラスの厚みは欲しい所があったのよ。

-- しかし、長年3ピースでやってきたBURLが4ピースになったのはかなり驚きましたよ。

TAKA 3ピースのバンドって、(4ピースになると)良くなくなるパターンもありますしね。

-- できることが増えた分、すっきりした部分が無くなったり。特にBURLはシンプルにパンクロックを鳴らしてきたバンドでしたから。

KOSUKE だから、僕もすぐは飲み込めなかったんです。

TAKA メンバーやスタッフを含めて、反対意見もありましたから。

TATSUYA! ちなみに、僕は反対でした。

KEMI でも、僕やTAKAはずっと(3ピースで)やってきたけど、そこだけにこだわるつもりもなくて。「面白そうなら全然いいやん」みたいな。実際、バンド名を変えても、みたいな話もあったりとか。4人でやりたいなら、それがええんちゃうって。

TAKA 何やろう……カッコいいとかカッコ悪いみたいなジャッジって、他人さんがすることであって、自分たちがやりたいこととはまた違う尺度だと思うんですよね。

-- 4人になったBURLの感触はどうでしたか?

TAKA そりゃもう、楽しかったですよ。

-- 加入したKOSUKEさんとしては?

KOSUKE やっぱり、自分が何をするべきかを考えましたよね。僕がたまにヴォーカルをしたらカッコいいんかな、とかいろいろ想像したし。そうしたら、「じゃあ、KOSUKEがここは歌えば?」みたいなことにもなり、展開は凄く早かったなと思います。

-- KOSUKEさんが歌うようになったのは当初からのアイデアではなく、合わせてる中で生まれたモノだったんですね。

TAKA そうでしたね。

KEMI KOSUKEはもともと(それまでのバンドでも)ヴォーカルやったし。

-- 新作でもそうですが、BURLに新しい色味をもたらしたと思いますよ。

KOSUKE まあ、「歌えるんやったら歌えば?」みたいな感じではありましたけど(笑)、そう言ってもらえると嬉しいですね。

Vol.02へ続く
Interview By ヤコウリュウジ

JUST PUNK,GO!! TOUR 2018

JUST PUNK,GO!! TOUR FINAL

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